~ 腕時計を中心とした 欲望に連敗続きの物欲日記 ~

エピラム処理に関するまとめ 後編

 

前篇の続きです。

 

「ステアリン酸で被膜を作るとオイルが拡散しないのか」という答えを

紐解いていきましょう。

 

と、その前に・・・

 

これから書くステアリン酸によるエピラム処理のメカニズムはBFNさん

化学的側面から調査、追及してくれたものです。

エピラム処理をなぜ施すのか、巷では諸説書かれていますが、ここまで完璧に

解を示していただいたのはBFNさんだけでした。

もし、エピラム処理の詳細に興味のあられる方は時計専門誌クロノス日本版

SNSにある氏のブログ記事を読まれることをお勧めいたします。

 

 

ではまず、ステアリン酸とはどのような性質を持っているかを先に説明しなけ

ればなりません。

ステアリン酸の分子構造は下図のようになっています。

 

stearic model

 

水素の付いた炭素が連なっている部分を「長鎖アルキル基」と呼び、疎水性

持っています。

分子構造の下部、炭素、酸素、水素で構成される部分は「カルボニル基」と

呼び、親水性を持っています。

 

このように両親媒性を持つステアリン酸ですが、水や油と接触した場合、

単純に表面積の大きい長鎖アルキル基の部分が多く液体に触れますので、

分子構造だけ見ると、疎水性がよく現れるということが言えます。

 

しかし、疎水性の長鎖アルキル基の部分は、実は単なる油と同程度の疎水性

しかなく、撥水はできても撥油はそれほどでもないのです。

 

では、なぜ撥油効果があるか。

 

その解です。

 

ステアリン酸を約1%濃度で溶剤に溶かし、金属に浸したとします。

このとき、親水部分のカルボニル基は極性を持っているため、

電気的陰性度(+)を持つ金属表面に対して化学吸着をし、

反対側の長鎖アルキル基が全て表面に並んだ形になります。

stearic_coating

この構造こそが撥油の秘密なのです。

 

 

ロータス効果 (Lotus Effect) という言葉があります。

 

ハスの葉が水を弾き、その水滴が葉の上で転がることで汚れを絡み取って

常に綺麗な状態を保つという状態を指します。

こちらの動画を見て頂ければ分かりやすでしょうか。

 

 

ハスの葉を拡大すると無数の突起状の細胞でおおわれています。

前回の記事で「濡れ」と「接触角」の話をしましたが、Wikiには「表面張力が

小さい固体は濡れにくく、液体が付着したときの接触角は大きくなる。反対に

表面張力が大きい固体は濡れやすく、液体が付着したときの接触角は小さく

なる」という記述があります。

 

この表面張力はmN/mという単位で表すことができ、例えば鉄は1,530mN/m

ですので濡れやすいと言え、テフロンなどは18.5mN/mですので非常に濡れ

にくいと言うことができます。

 

■参考:表面張力(mN/m)

↑濡れやすい

鉄:1,530mN/m

アルミニウム:900mN/m

ガラス:310mN/m

水:72.7mN/m

ステアリン酸の長鎖アルキル基の末端部:22mN/m

機械油(クレ556):22mN/m

テフロン(エチレン):18.5mN/m

空気:0mN/m(実質)

↓濡れにくい

 

実は、ハスは葉は、実質0mN/mである空気を突起状の細胞の隙間に入れる

ことによって水との接触面での濡れ性を極端に低下させ、水を弾いているの

です。

lotus effect

 

 

ここで話をステアリン酸に戻します。

 

先ほど、ステアリン酸が金属面において「長鎖アルキル基が全て表面に並んだ

形になる」と説明をいたしました。

この構図こそが油を弾く仕組みなのです。

 

そう、ロータス効果を生み出すハスの葉と同じように空気を層を形成すること

によって、機械油と同程度の表面張力しか持たないはずのステアリン酸ですが

並び構造で油を弾いているのです。

 

ですので、エピラム処理を施す場合は、長鎖アルキル基の並びを崩さないよう

適切な濃度でなければいけません。

また、処理液から引き揚げた後は、ブロワーやドライヤーなどで圧力乾燥を

してもいけません。

 

 

これで謎が全て解けました。

 

なんだかとてもスッキリした気分です。

 

 

これでひとまずステアリン酸を用いたエピラム処理に関する記事は一旦休憩に

いたしましょう。

今年の2月から9か月間もずっと追いかけていましたので流石にちょっと疲れ

ましたね。

文献がまともに無いというのが辛い。

 

でも、BFNさんの化学的側面の考察のおかげで疑問を一気に解決することが

できました。

 

本当に本当に感謝です。

 

 

 

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コメント

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  • コメント (5)

    • BFN
    • 2013年 11月 22日

    ここまで書いちゃったかっ!(笑)

    ブロワーやドライヤーなどでの圧力乾燥については、
    ステアリン酸機能膜が完全(またはそれに近い状態)にできている場合は
    その機能が弱まる方向に働くと思いますが
    時計のエピラム処理レベルであれば、大きく損なうことが無いみたいです。
    そもそも地板とかには触ります(圧力かけます)しね。

    ただし、ステアリン酸エピラム膜の場合、
    こすったりすると保油効果が簡単に下がりますので
    結構シビアな条件で発揮されていることは確かみたいです。

    ベルジョンのエピラム液でできるフッ素エピラムは
    機能膜ではなく、モノマーの堆積なので
    触ってもあまり効果が変わらないというのも
    一応の説明がつきます。

    • NEEZ
    • 2013年 11月 22日

    以前、自腹で買われた8941はフッ素系でファイナルアンサー
    とのことでしたが、疎水基の末端CF3の表面張力は6mN/mと
    いうのはやはり凄いですね!
    もう時代はフッ素系エピラムというのも頷けます。

    それと今、歯車のホゾに対して(歯車自体に対して)
    エピラム処理を施すべきかどうか、正直判断に迷ってます。
    処理をしていないと、ホゾからどんどん多方面にオイルが
    拡散してしまうのではないか、と。

    例えホゾと受け石との摩擦でステアリン酸が剥離したとしても、
    摩擦していない部分にはステアリン酸が残っていますので、
    それがオイルの防波堤の役割をすれば、歯車全体をエピラム処理しても
    一定の効果が得られるのではないかというのが考えです。

    • hiro
    • 2014年 3月 07日

    NEEZ様
    先日は ご無理をお引受け頂きありがとうございました。コピペ楽しみにお待ちしています。
    過去ログへのコメントお許しくださいね。
    自分もエピラム処理は、気になっていました。アンクルの入爪にオイル拡散しない様エピラム処理をする。って言うのがセオリーかと思ってました。輪列周りにも使って大丈夫なんですか?その後がとても気になります(笑)

    • NEEZ
    • 2014年 3月 07日

    hiroさん
    コメントありがとうございます。

    綸列周りのエピラム処理に関しては、
    一応、ガンギ車、アンクル、テンプにだけ施すように考えています。

    ガンギ&アンクルに関しては、衝撃面のステアリン酸はすぐ剥がれるとして
    でも、衝撃面以外には残りますので、それが壁の役割をして補油効果に
    なると判断したからです。
    テンプに関しては悩んだのですが、ヒゲ自体にエピラム処理が施されていれば
    ヒゲに油が付着したとしても拡散して酷いことにはならないんじゃないか
    という推測です。

    もしかしたら、ガンギ車とアンクルだけでいいのかもしれません。

    • hiro
    • 2014年 3月 07日

    なるほど〜。テンプ(ヒゲ)にエピラムは 、理論的に良さそうですね。ただしっかり乾燥させないと振角に影響しそう。いらないETAのヒゲで試してみます。

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