時計に関する特許を読む。 ショパール編
時計の知識を深めるために読み始めた時計の特許。
以前はブランパンのトゥールビヨンに関連した特許を読みました。
今回、目に留まったのは、
ショパールのフリースプラング、「ヴァリナー・テンプ」です。
出願番号:特願2003-81070
特許権者:ショパール マニファクチュール ソシエテ アノニム (スイス国)
発明の名称:調速装置が設けられたバランスホイール
このブログに目を通してくださっている方は、もうご存知かと思いますが、
「フリースプラング」は、ヒゲゼンマイに接する緩急針を持たず、
テンプに設けた「偏芯錘」によって慣性モーメントを変えて調速を行うものを
言います。
一般的にフリースプラングは歩度調整の幅が狭く、
加工精度が高くないと実現できないため、高級機に用いられています。
特にパテック・フィリップなんかが有名ですかね。
ショパールは、タイミングスクリューで歩度調整をするチラネジ付テンプや、
パテック・フィリップのジャイロマックス・テンプの欠点を解消しようと
「ヴァリナー・テンプ」という名前でこのテンプを発表しました。
では早速、特許を読み込んでいきましょう。
まず、ショパールが言う従来の調速機能付きテンプの欠点とはこうです。
チラネジ(タイミングスクリュー)式テンプの欠点
・1つ以上のねじが部分的または全体的に緩み易い
・テンプの慣性の調節を行なうためのねじへのアクセスが困難
・調節ねじの所望の位置決めを確保することも困難で、誤調節も排除されない
加えて、チラ座(ワッシャー)調整式の欠点
・リム内にねじを螺入する必要があり、かつ1つまたは数個のワッシャーの
付加による段階的な調節が行なえるに過ぎず、充分に正確な調節は行なえない
チラネジ式、ジャイロマックス共通の欠点
・テンプのリム部は、ねじ及び釣合い錘(偏芯錘)が乱流を発生させるため
空気抵抗が大きく、良好な作動および規則性が損なわれる
まさしくショパールの言う通りですね。
では「ヴァリナー・テンプ」はどのようなものなのでしょうか。
その形状について、文章で以下のように書かれています。
————————————————————————————–
振動周波数を調節するための慣性調節装置が設けられたバランスホイールにおいて、突出部が存在しない円形のリムを有し、該リムは半径方向アームを介してハブに連結されており、各アームとリムとの交差部において、リムにはその1つの表面に開口した凹部が設けられ、該凹部の底にはリムの他の表面に開口した通路が設けられ、ほぼU形の形状を有する釣合い錘が弾性変形により凹部内に導入され、これらの釣合い錘は、釣合い錘自体の弾性による摩擦力によって、対応凹部内で所望の角度位置に保持されることを特徴とするバランスホイール。
————————————————————————————–
特許文章なので難しくなりますが、簡単に言うと
「ジャイロマックス(偏芯錘)をリムにピッタリ埋め込んだテンプ」という
ことです。
またショパールは以下のように説いています。
————————————————————————————–
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、正確かつ連続的な調節が行なえる装置が設けられ、製造および調節の両方が容易なバランスホイールであって、バランスホイールの振動運動中の空気力学的外乱を最小にできるバランスホイールを提供することにある。本発明の他の目的は、振動周波数を調節する慣性調節装置が設けられた、特に時計装置のムーブメント用バランスホイールであって、上記目的を達成できかつ既存の装置の上記列挙した欠点を解消できるバランスホイールを提供することにある。
————————————————————————————–
この発明のメリットを要約すると
・正確に調節が行える
・製造、調節が容易
・空気抵抗が極めて少ない
こうしたテンプのようです。
これは、従来のタイミングスクリューと緩急針を用いて調速をする
チラネジ式のデメリット解消とパテックのジャイロマックスの更なる
低空気抵抗を実現する夢のようなテンプですね。
いや、素晴らしい!
特許文章には続いて、ヴァリナー・テンプに関するポイントも書かれて
いました。
●テンプのリム部に関して
————————————————————————————–
テンプは4本のアームを有するが、本数は異ならせることができ、例えば2本または6本にすることができる。 リムは、その上面または下面にも、或いは内面または外面にも突出部が全く存在しない円形の形状を有し、従って、バランスホイールの運動中の空気との摩擦による外乱は、できる限り最小となるように低減される。
————————————————————————————–
○要約
「リムは上下、内外、ども面にも突起が無く、空気抵抗は少ない」
●釣合い錘(偏芯錘)とそれを収める凹部に関して
————————————————————————————–
釣合い錘は、凹部内に強制的に押込まれて、これらの凹部内に完全に沈下され、バランスホイールの振動中の空気との摩擦も完全に回避される。釣合い錘は、凹部の直径と同じ直径またはこれより僅かに大きい直径をもつ円内に内接する。釣合い錘は、弾性的に変形し、従って、釣合い錘自体の弾力により、凹部内でこれらの釣合い錘の角度位置に摩擦力によって保持される。釣合い錘のスロットの幅はリム底面に空けられた通路の直径より小さく、従って、通路内に係合されるパンチの補助により、釣合い錘をその凹部から取出すことができる。
————————————————————————————–
○要約
「釣合い錘は圧入したあとU字型の弾性により摩擦力で保持される=取り付けネジ不要」
「リムの凹部底面に空いた穴の直径は、釣り合い錘のスリットより大きいため、低面の穴からピンを押し込むことによって簡単に釣り合い錘を取り出せる」
●調速について
————————————————————————————–
日周作動の調節は、釣合い錘を凹部内で360°の調節範囲に亘って回転させ、バランスホイールの慣性モーメントを変化させることにより行なわれることに留意すべきである。この調節が如何様であっても、従って釣合い錘の位置が如何様であっても、バランスホイールの振動から生じる空気の摩擦は一定に維持され、バランスホイールの作動に影響を与えない。 凹部内での釣合い錘の位置の調節は容易である。なぜならば、釣合い錘にはバランスホイールの上面からアクセスでき、かつ釣合い錘は、これらの弾力以外の力によっては凹部内に固定されないからである。
————————————————————————————–
○要約
「歩度調整を行っても突起量は変化しないため空気抵抗も一定でテンプの動作に影響を与えない」
「釣合い錘は圧入でネジ留めしていないので、調整は簡単」
●製造について
————————————————————————————–
バランスホイールの機械加工は簡単であり、穿孔加工およびリーマ加工を要するに過ぎない。
————————————————————————————–
ヴァリナー・テンプのメリットを総括すると
・この構造を工作するのは超簡単
・ジャイロマックス式の空気抵抗を激減
・調速しても空気抵抗は変わらず
・釣合い錘の固定はリムへの圧入だけでネジ不要
・釣合い錘の位置調整はテンプ上面から容易アクセス可能
ぐぬぬ・・・
欠点が無い・・・
フリースプラングなので調整の幅が狭いくらいかー。
特許取得が2002年なので、特許が切れるまであと10年。
効力が切れたら一斉に普及すると思います。
シンプルで得られる効果も大!
これは本当に素晴らしい。
自分も自作出来た場合には是非とも導入したいですね!
コメント
トラックバックは利用できません。
コメント (0)
この記事へのコメントはありません。