~ 腕時計を中心とした 欲望に連敗続きの物欲日記 ~

時計に関する特許を読む。 セイコー編 その1

 

時計の知識を深めるために読み始めた時計の特許。

 

今回はセイコーインスツルが考案した、

「主ゼンマイのトルクを安定させ、駆動時間を延ばす」技術です。

 

出願番号:特願2007-232283

出願人:セイコーインスツル株式会社 (日本国)

発明の名称:時計のぜんまい巻上機構

課題:時計の動力源のエネルギー改善による時計持続時間の

向上を図るとともに、高精度な時計の提供を目的とするもの。

 

 

時計の駆動時間を延ばすという課題が与えられたとき、一番簡単な解決方法は

香箱を大きくしてその中に長いゼンマイを収めることでしょう。

 

しかし、腕時計は手首の上にあるものですから、簡単には香箱を大きくできま

せん。物理的スペースの問題があります。

 

加えてゼンマイ長を長くとった場合、ゼンマイがほどけてきた時のトルクは

非常に弱いものになってしまいます。

 

ゼンマイトルクが低いとテンプを振らせる力が弱くなります。

テンプの振りが弱いと外乱にも弱くなり、精度が落ちてしまいます。

これはゼンマイを用いる機械式時計の永遠の課題とも言えるでしょうか。

 

そこで、今回のセイコーの特許。

 

ゼンマイには全く手を加えず、その駆動時間とトルクの安定性を両立する

方法。

自分はこのアイデアをみた時、感動してしまいました。

本当に面白いアイデアなんです。

 

 

それでは早速解説していきましょう。

 

————————

【発明が解決しようとする課題】
時計の動力源のぜんまいエネルギーは輪列をへて脱進機に伝達され、テンプの往復運動を持続させる。そして、ぜんまいが解けるにしたがって、ぜんまいトルクは、ほぼ直線的に下降していく。このときのぜんまいのエネルギー変動がてんぷの振り角に影響をあたえて、時計精度が下がる課題がある。さらに後、ぜんまいトルクが急激に下降し、時計が止まってしまう。

————————

 

まさしくその通りですね。

普通の腕時計であれば、持続時間は40~70時間といったところでしょうか。

 

————————

本発明は、このような事情に考慮してなされたもので、時計の動力源のエネルギー改善による時計持続時間の向上を図るとともに、高精度な時計の提供を目的とするものである。

————————

 

で、出てきた図がコレ。

 

kakuana-1

 

渦巻状の溝が切ってある歯車。

実はこちら、角穴車なんだそうです。

この角穴車というのは、主ゼンマイに力を伝えるための歯車とでも言いましょ

うか。

通常、ゼンマイを巻くには竜頭を回して行うわけですが、

力の伝わる順を言いますと、以下の順になります。

 

竜頭&巻芯 → キチ車 → 丸穴車 → 角穴車 → 香箱真 → 主ゼンマイ

kakuana-2

 

そして、香箱真と主ゼンマイは「香箱車」という、名前の通り箱状のケースに

収まっていまして、角穴車はその香箱の上に乗っかっている歯車なのです。

 

で、この角穴車を回転させればゼンマイが巻かれるという構造になっているん

ですね。

 

通常はもちろん普通の板状の歯車で、この図のような形にはなっていません。

この形こそが今回の特許の肝。

 

その働きはこうです。

 

角穴車の下には香箱があります。

香箱の中には主ゼンマイが収められていて、

中心にある香箱真を回せばゼンマイが巻かれます。

 

実際に竜頭が回されると、特許の角穴車はどう動くでしょう?

 

こちらが主ゼンマイを巻ききった時の角穴車です。

 

kakuana-5

 

なんと、角穴車自体もゼンマイの役割を持っています。

 

ちなみに香箱の中身はこのような状態。

kakuana-6a

 

特許の角穴車はそれ自体がゼンマイになっていますから、

中心軸(香箱真)には回転の力が加わりますね。

ほどけようとする力です。 (下図で右回転)

 

kakuana-7

 

香箱の中ではどういう影響があるでしょうか?

 

そうです。

主ゼンマイを巻き上げようとする右回転の力が働いていたのでした!

kakuana-8

 

これには本当に感嘆しました。

よくもまぁこんなアイデアを思いつくものだと。

 

実際にセイコーでは効果を確認していて、

63時間であった駆動時間が74時間に増えたと記述にありました。

実に11時間の延長。

kakuana-9

 

さらに面白いのが、主ゼンマイ全巻き状態の初期トルクが殆ど増大しない

というところです。

データでは57g・cmのトルクが60g・cmになるだけという記述が。

 

メリットをまとめるとこうなります。

 

・初期トルクを殆ど増加させない

・トルクの降下を低減できる(遅らせることができる)

・駆動時間の増加

 

しかもコレ、

機械式はもちろんスプリングドライブでも効果があるんですよね。

やることはただ1つ、角穴車を交換するだけ。

 

ちなみに製造方法は電鋳で、ニッケルとコバルトの合金を積み重ねる方法の

ようです。

現在では技術も進んでいて「フォトリソグラフィ技術」というものを用いて

大量生産&製品単価を低減も可能だそうで。

 

 

いやー、お見事。

今回はちょっとビックリ。

 

実際に組み込んである製品を見てみたいですねー。

 

コメント

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  • コメント (2)

    • BFN
    • 2013年 7月 08日

    アイデアは面白いんですが、
    最終的に この出願は特許化されずに取り下げされています。
    (2010年みなし取り下げ)

    技術的に無理だったのか、費用対効果が得られなかったのか
    審査請求が無いので経緯は謎です。

    • NEEZ
    • 2013年 7月 08日

    BFNさん

    追加情報ありがとうございます。
    流石です。

    技術的な面でいうと、角穴車内ゼンマイの長期的な弾性の確保と、
    歯車としての強度維持の問題でしょうか。
    それと製造コストも通常の角穴車と比べて格段に上がるでしょうから、
    費用対効果、技術面、両方の面でバランスが取れなかったんでしょうか。

    それと、もう一つパテックフィリップがこのセイコーの角穴車と
    同じような仕組みで取得している特許を見つけました。
    香箱を二階建てにし、上を左巻きゼンマイ、下を右巻きゼンマイ、
    それを香箱真でつなぐという方法です。

    こちらは単純に「ゼンマイ長が伸びる」「ゼンマイ幅が狭まる」という
    2点において、トルクの確保と解け間際のトルクの落ち方が気になります。

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